今月8日、元内閣総理大臣の安倍晋三氏が選挙演説中に銃撃されて亡くなるという衝撃的な事件が起きました。
母のLINEから「安倍さんが撃たれたらしい」と送られてきた時は状況がよく読み込めず、意味がよく分からなかったのですが、後に奥さんのお母さんが部屋に入ってきて、
「Your former prime minister has been assassinated!!」
と言われた時に初めて、どうやら大変なことが起きているようだと気付きました。Assassinate、〝暗殺〟という言葉はやはり衝撃的です。

急いでテレビを付けると、イギリス公共放送「BBC」でも速報でその事件を報じており、以降はずっと、このニュースの続報を追いかけていく1日でした。海外メディアが日本のニュースについてこれほど大々的、且つ長時間報道するのは異例のことだったと思います。
「皆さんもご存知の通り、日本は世界一安全な国として知られ、銃規制についても非常に厳しいはずですが………」
———元総理への銃撃………。
確かにこの非日常的な一文は、どこか遠い国で起きた、日本には特に関係のない出来事のようにさえ思えました。
事実、BBCではこのニュースを報じるたびに何度もこの「銃撃」という言葉を強調していました。元総理が襲われた事実より、どのような方法で襲われたのかということをより際立たせたかったかのように。
ソファーに座ってパソコンを開き、NHKのサイトにアクセスすると、いつもと違ってこの日は生中継が見られるようになっていました。中継のヘリから運ばれる安倍氏の様子が映し出された時、その青白い生気の無い顔に衝撃を受けたのは自分だけじゃなかったはずです。
———もう手遅れだ………。
安倍氏の訃報を聞いてからは、疲れてベッドに移動するまで、ソファーで何もせずにひたすらニュースだけを聞いて(本当に聞いていたのかは分かりません)過ごしていました。
まだ就労許可のない婚約者ビザしか持っていなかったことから、そうやって何もせずとも咎められることがなかったのはある種の救いだったかもしれません。
自分にとって安倍晋三という人物は、単なる総理大臣経験者というだけでなく、どこか青春にも似たような想いがありました。
体調不良から復活し、第二次安倍内閣が始まった時、自分は東京のラジオ局で働いていました。〝アベノミクス〟という言葉を元にデフレ脱却を掲げ、世界における日本の影響力の復活を目指した総理大臣の動向を、ニュース班の一員として追いかける日々を送っていました。
大学を出たての若造にとって、一線で活躍する有名人の方々とラジオ局で一緒に働く毎日は刺激的で、今思い返しても、夢うつつな時を過ごしていたように感じます。
そうしたどこか浮世離れした記憶が、自分の中では「安倍晋三」という政治家に重なるのです。
———死んだら、どこに行くんだろう……?
オーストラリアでワーホリ中、旧友が突然亡くなった時に思ったことと同じ言葉を呟いていました。ポッカリと心に空いた穴を埋めるには、まだ少し時間が掛かるような気がしました。
BBCが何度も繰り返した「銃規制」についてここで補足しておくと、イギリスもかつて起きたある事件がきっかけで銃社会から銃規制へと転換した国なのです。
「ダンブレーン小学校銃乱射事件」
1996年3月13日、かつてのスコットランド王国の首都スターリングという自治都市の「ダンブレーン」という小さな町の小学校に男が侵入し、銃を乱射。小学生16人と教師1人が死亡するという、英国史上最悪の銃乱射事件が起きました。
事件が起きた日、校舎にはまだ幼きアンディ・マレー(後の世界ランク1位、2016年リオ五輪金メダリストのプロテニス選手)の姿があったことはイギリスでは有名な話です。
興味のある方は、Netflix のドキュメンタリーを観てみるといいかと思います。
好き嫌いはあるにせよ、「安倍晋三」という人間はバブル崩壊後の暗い日本しか知らなかった自分たちの世代に光を灯そうとしてくれた、数少ない政治家だったと思います。
それだけに今回の事件はショックでしたし、心のモヤモヤを整理するためにも在英日本大使館に弔問記帳に赴くつもりです。
———これからの日本はどうあるべきか。
イギリスメディアが議論する様子を眺めながら、〝日本人〟としての意味を改めて考えさせられた、そんな非日常的な数日間でした。



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